今が楽しければ、一生楽しい。

英語なコト、教育なコト、綺麗なコト、楽しいコト

「ゆとり」と言われて思うこと

今日から少しづつブログに挑戦していこうかとおもいます。 

 

政府の駄作「ゆとり教育世代」といわれる僕の世代は世の中の印象がとてつもなく悪い。

ゆとり教育は、義務教育の現場で第2、4土曜日が休みになることから始まり、授業時間、内容が減り、土曜日が完全に休みとなり、その結果僕らの周辺世代がいわゆる「今時の若いの」と呼ばれる層を作った。

 

無論、受けている子供は「ラッキー」としか思わず、これだけ生活の保障がされた国では親もほとんどが本質的には無関心であり(しゃしゃりでてくるけど、暇だからいいたいだけ)、国のリーダーがオリンピックの周期より早く入れ替わるこの世界では、この"すてき"なゆとり教育を本気で止める人間が誰もいなかったのがこの結果を生んだといえる。

気づいた時には既に遅し。ゆとり世代がこ子孫を残し、ゆとりJr.がどんどん生産されてゆとり祭り状態。その結果はまだ出ていないが、まぁ想像はできると思う。

 

実生活において、やっぱり「今どきの若者(ゆとり教育世代)」ラベルは健在で、曖昧だけど確実に世代的にくくられている。正直嫌だ。自分もできる部類ではないが、くくらないでほしい。

 

けど、周りを見てても、何と無くわかる。学生は「学生だからね」とい言葉で簡単にくくられてるし、それを「悔しい」という思考にたどり着く人がどれだけいるのかも気になるところ。ぼくらの世代もまぁ、もっと頑張りたい人達が多い気がする。

 

何か物事を実行したり、挑戦したり、するときって、その先に本当に掴みたいものがあるのであれば、寝る間を惜しんででも、自分もをウソで固めてでも、媚びてでも前に行かなきゃいけないとおもう。

前向き=▲

前のめり=◯

で行くべきだっていつも思う。

 

学生うちからいろんなこと挑戦することは、僕がやらなかったことだから尊敬するし、単純にすごいと思う。ただ、「参加している自分」で満足してたり、居るだけでなにか生まれると勘違いしてたり、自分の利だけ沸いてくると思ってる思考の人も少なくないとおもう。若い世代で一緒に頑張りたいし、ミスが「若気の至り」で片付けられるうちに「本気」でやらなきゃいけないと思う。「ミス」と「本気でやった時のミス」の違いを僕も再認識したい。

 

25歳は一般的表現で「社会人3年目」。後輩もできて、そろそろいろんなことが任されてもいい年になるみたい。上も下も見える絶好の位置だからこそバランスも考えつつ、突っ込みやすい時期だと思ってる。けど、挟まれる時期だから大変だとも思う。

 

だからここが人生の分かれ道かなっても思う。個人的にも今年の動き次第で将来がかわるとおもってる。やるかやらないかの選択しかないんだから、とことんまで何事もやろうと思います。

 

楽しい事もそうだけど、「ワクワク」することを今年はしたいですね。

 

さて、これから東京タワーで豆まいてきます。

 

すごい豆まき2013

http://mamemaki.jp/2013/